スタッフ紹介

スペシャリスト施術スタッフ 柔道整復師 川上 健史郎

スペシャリスト施術スタッフ 柔道整復師 川上 健史郎

出身地
大阪府守口市
趣味
旅行  キャンプ サーフィン(初心者)
血液型
A型
資格
柔道整復師 自律神経整体師 コアコンディショニングトレーナー
今ハマっているもの
植物  カレー屋巡り  スポーツ 人の話を聞くこと

整体師になった理由

幼少期から高校時代

小学生からバスケットボールを始め、高校までの9年間ほぼ休み無く練習に励んできました。
中学生の時、先輩が全国大会でベスト16の成績を残し、それに続けと朝から晩まで過酷な練習の日々。
足を捻挫したり、膝の故障、指や肩の損傷をするたびに整骨院に通い施術してもらっていました。
多少の痛みでは休めないので、毎日ケアしながら練習できて本当に助かり、この職業に興味を持ち始めたことを覚えています。

 

中学2年の時、初めて腰が痛くなりいつものように施術に通いながらテーピングやコルセットをしつつ練習に励んでいましたが、
痛みが日に日に増してきて、動くことが本当に辛くなり先生に「腰が痛いので休ませて下さい」と初めて伝えました。
でも、「みんなどこかが痛くても頑張っているのに自分だけ休んでいいのか?」という罪悪感があり、その後は無理して練習を再開。
もちろん悪化し、とうとう片脚がシビレて歩けなくなりグラウンドに倒れてしまい、仲間に肩を担いでもらって病院に運ばれました。

「腰椎椎間板ヘルニアですね、手術も頭に入れておいてください」

頭が真っ白になりました。
「もうバスケできひんのちゃうんか…高校でのバスケは?椎間板ヘルニアって何やねん…」
ただただ不安と恐怖でいっぱいになり、痛み止めの注射も呆然としたまま打たれました。

 

そこから、週に3回病院で三ヶ月ほど施術を受けつづけましたが中々回復せず、高校では無理か…と諦めかけていましたが、
「大丈夫、何とかなる!」病院と整骨院の先生に明るく励まされ、諦めずに根気良く施術を受けていくうちにどんどんシビレも痛みも回復していき、
簡単な練習には参加できるようになってきました。そして、半年後には完治して痛みの不安なく練習できるまでに!

 

高校では3年間痛みを忘れて、全力で仲間とバスケができ近畿大会に出場する事ができました。今でも感謝しています。
この経験から将来自分と同じように痛みに困っている人を助ける仕事をしたい!と、施術家になる決意をしました。

修業時代

しかし、そんな決意をもって現場に出るものの、現実は違いました。
最初に入った職場では、マッサージをいかに上手くできるか?いかにお客さんを待たさず回せるか?
来るお客さんは毎日同じ人ばかりで、世間話をしに集まる場所みたいな風潮に違和感を感じていました。

 

毎日でんきをあてて、マッサージをして、温めて、マッサージ器にのってもらい、帰ってもらう…
「これでいいのかな?」「整骨院って、施術ってこれでいいのか?」そんな疑問をもち続けて日々過ごしていました。

転機

数年後、施術家の先輩に相談・整体院の見学をお願いして会いに行きました。
「すべて全然違う…」
検査、施術、指導、対応…。自分が恥ずかしくなったと同時に、これが理想の院だと希望が湧いてきたことを今でも覚えています。

 

その後、先輩の勉強会に参加させてもらい、お客さんへの対応・施術をマネしていくと「ありがとう、先生のおかげやわ」と言われ遠方からも頼って来院してもらえる自分に変わっていきました。
素直に嬉しかったです。そこから、自分の施術家人生がハッキリと変わったことは間違いありません。

しばらく整体院を任されて日々施術に取り組んだ後に、院長に声をかけてもらい、Rinato鍼灸整骨院で働くことになりました。

 

今では沢山のスタッフにも囲まれ、全国の整体院からも推薦される「信頼され、治せる施術家チーム」が形成されてきていると実感しています。
うちに来て頂くお客さんから「ありがとう」と笑顔で喜んでもらえるよう、日々全員で成長していきたいと思います。

柔道整復師 荒家 甲次

柔道整復師 荒家 甲次

出身地
大阪市東淀川区
資格
柔道整復師
趣味
サッカー,フットサル,パワースポット巡り
今ハマっていること
マッチ棒でお城をつくること(現在熊本城を作成中。いずれ全国のお城を制覇する予定)

幼少時代から青春時代まで

子供の頃は、外で泥だらけになるまで遊ぶ子だったそうです。兄弟喧嘩なんかもよくしていました。
喧嘩などで怪我をすると病院ではなく整骨院に連れていかれていました。

子供の頃はよくわからずとりあえずなにかあればあそこの整骨院に行けばいいと思っていました。 それこそ風邪で行った事も、、、なぜか治っていた(笑)

中学校時代はサッカーに夢中になりました。
全然うまくはなかったのですがボールを蹴るだけで楽しかった。
そしてなぜかプロ選手になれると思っていました(笑)

高校時代もほぼサッカーに明け暮れました。 高校3年生最後の大会前に足首の靭帯を伸ばしました。

病院では試合には間に合わないだろうと言われ、あんなに練習したのにとすごく落ち込みました。

そんな時にスポーツトレーナーの方に出会いました。足にテーピングをすれば大丈夫といわれ半信半疑のままテープを巻いてもらい練習したところ、、、

全然痛くない!!

まるで魔法のようにまったく痛くなかったのです。 このスポーツトレーナーさんのおかげで高校最後の大会に出ることができました。

それからこんな風にスポーツで怪我をしている人を助けたいと思いスポーツトレーナー専門学校に進みテーピング、トレーニング、ストレッチなどを二年間必死で勉強を行いました。

学校に行くと同時にボランティアでアメリカンフットボールのトレーナー活動も始めました。

転機

選手が試合中に大きな怪我をしました。
その時の僕ではなにもすることができずただ立ち尽くすだけでした。
そんな中ヘッドトレーナーが素早く処置をしているのをみて単純にすごいと思いました。その方は整骨院の先生でした。
もっと選手の役に立つようになりたいと思い、柔道整復師の資格を取りにもう一度学校へ。

弟子時代

その時働かせて頂いていたところはスポーツしている人は少なくサラリーマンやOLさん来院されていました。

この人達を治せないと筋肉量が多いスポーツ選手は治せない!!

そう強く感じました。 身体が治って「ありがとう」と感謝されるこの職業に魅力を肌で感じた瞬間でした。

そこでマッサージや関節の調整などを学び、色々なお客さんに接して技術、接客まで徹底的に指導を受けました。

国家試験合格

国家試験も無事1回で合格することができ、心斎橋にある整骨院で働きはじめました。

現在

昨年までは、分院のほのか整骨院で院長として働いていましたが、もっとサッカーに関わっていたいと強く思い、サッカーのコーチの資格を取得しました。

その後、少年サッカーの指導をしながら現在はRinato鍼灸整骨院で働かせて頂いてます。

鍼灸師 井ノ内 努

鍼灸師 井ノ内 努

出身地
滋賀県
血液型
A型
資格
鍼灸師 自律神経整体師
趣味
カメラ
今ハマっているもの
自転車

施術家を目指した理由

幼少期から水泳に器械体操、学生時代は陸上競技と小さい頃からスポーツに慣れ親しんできた幼少時代でした。

 

ただ、ある程度まではいつも順調にいくのですが、必ずと言っていいほどケガを起こしてしまい、苦しんでいました。

特に体操をしていた時に鉄棒から落下し、腰を痛めてから腰痛との付き合いは長く、中学生時代にも骨盤の骨を剥離骨折するなど状態は悪化してく一方でした。

 

当然高校でも腰痛と付き合いながら騙し騙し競技を続けていましたが、練習も休みがちになってしまい、辛かったのを今でも覚えています。

そんな高校時代に卒業生でスポーツトレーナーの方が指導に来てくださる機会がありました。

その方の言うことは自分にとっては新鮮でしたし、その方の指導やトレーニングを実践していくことで、痛みが出にくい体になっていき、高校2年からは休みなく引退まで競技に取り組むことができました。

 

この経験から僕もスポーツトレーナーというものに興味を持ち、またその方が鍼灸の資格を持っていたことから鍼灸師を目指せる学校に通うことに決めました。

修行時代と挫折

修行時代は小さな接骨院に勤めました。

老若男女問わず来院される院で、周りに学校もありスポーツをしている学生も多く来てくださいました。

そこでの経験は基本的な接客から多くのことを学び、今でも施術家としての基盤になっています。

 

さらなるステップアップを図ろうとトレーニングや医療関係の知識を入れようと挑戦しました。

 

しかしそこから自分の中で上手くいかない時期が続きます。

接骨院でお客と接していた頃の充実感が全く出てきませんでした。

この頃から自分が本当にしたいことはなんだろうと疑問を感じるようになりました。

転機

ある時、自分の父親が変形性の股関節脱臼で手術をすることになったと聞きました。

以前から股関節の痛みを訴えていましたが、そこまで悪化していたことに気づけなかった自分に腹が立ったのを今でも覚えています。

 

この時に自分は痛みに苦しんでいる人を助けたかったんだと改めて思い起こしました。

そこからはスイッチが入ったように施術に関して勉強し直して、Rinato鍼灸整骨院に出会いました。

 

手術を受けなくても大丈夫なような体作りを目指せる。

それが実現できる確かな技術が手技だけでできることに衝撃を覚えました。

今では素晴らしい技術を持ったスタッフに囲まれ、自分も向上心を持って毎日が充実しています。

 

自分の父親と同じようになる人が減らせるように、痛みで苦しんでいる人の助けになれるようにさらに成長していきたいと思います。

整体師 三枝 稚奈

整体師 三枝 稚奈

出身地
兵庫県尼崎市
趣味
旅行・映画&テレビ観賞・カラオケ・寝ること
血液型
B型
資格
整体師 日本妊活協会認定整体師
好きなこと
身体を動かすこと・食べること・服

整体師になった理由

幼少期から中学時代

私は小さい頃から身体を動かすことが好きで、よく近所の公園で走ったり、鉄棒をしたり、自転車で走り回ったり、人と話すことも好きだったので毎日のように近所の友達と遊びに出かけるような活発なこどもでした。そのせいかケガも多かった気がします。

 

 

小学4年生からダンスを始め、特に走る事や跳ぶことが好きだったので中学では陸上部に入りました。

毎日の練習のせいか、腰が痛くなることが多く、部活仲間と近所の整骨院に通い始めました。

 

スパイクで走ったり、踏み込んだりすることで捻挫も沢山しましたし、何度も足を痛めたのを覚えています。毎日のように整骨院に通いましたが、全然治らず「元々の腰痛持ちだね~」と整骨院の先生に言われ、中学時代の純粋な私はそれなら腰が痛くてもしょうがないと思っていました。

 

それでも友達と話しながら施術を受けたり、整骨院の先生とのお話が楽しかったので、通う事も苦痛ではなかったことを覚えています。

挫折

中学3年生から軽度の起立性調節障害になり、毎日身体のだるさを感じ、夜は寝たくても眠れず、朝は目覚めが悪く、起きれば頭痛がして午前中に動くということができなくなり、遅刻や欠席をするようになりました。

 

高校生になると何事もなかったかのように普通の生活が出来る様になりましたが、また2年生の途中から症状を感じるようになり、当時の私はその症状が病気だなんて一切思っていなかったので調べることもせず、「自分は朝に起きれないし、気合が足りないんだ。みんなと同じ生活ができないダメな人間だ。」と思い込んでいました。

それでも親の為にも中退はしたくない!と思い、欠席や遅刻をする日もありましたが、単位や出席日数を落とすことはなく、無事に卒業することが出来ました。

 

 

高校卒業後は就職をするつもりでしたが、他にも色々な経験をしたい、人と関わる仕事がしたい、誰かのためになる仕事がしたい、身体に関わる仕事に就きたいと思い、鍼灸の専門学校に進学することを決めました。

 

専門学校に進学すると、また症状は治まり普通に学校に通えるようになりましたが、学費を稼ぐためにアルバイトを掛け持ちしていたこともあり、夜遅くに帰っては朝から学校に行き、学校が終わればアルバイトに行きという生活を続けているうちに、気が付けば以前よりも症状がひどくなり、更には貧血や立ちくらみまで感じ、自律神経の乱れも感じるようになりました。

 

そのうち学校に通うことが出来なくなり、自分は本当にこの仕事に就きたいのだろうか…と悩み、休学をすることを決めます。

転機

そのまま就職をして、したいことを経験しないまま年を重ねてしまうときっと後悔してしまうと思い、開き直ったことで、好きなことや経験してみたかったこと、興味のあった仕事を自由にしているうちに、気が付けば症状が出ることがなくなったのです!!

 

ストレスは気付かないうちに溜まってしまうということと、ストレスがこんなにも身体に影響を与えるということを身をもって体感しました。

 

休学の期間に興味のあった仕事を後悔しないように色々してみましたが、この仕事を一生の仕事にしたいか、と考えた時にやはりその仕事ではなく、「私はやっぱり身体に関わる仕事がしたい!!!」と改めて思えたのです。

 

その中でも自分はどんなことがしたいのかを考えていると、小さい頃に身の回りの大人たちにマッサージをして喜んでもらえたことがすごく嬉しかったことをふと思い出したのです。

祖父母や両親はもちろん、親戚や両親の友達がお家に遊びに来るたびにマッサージをし「上手やね~気持ちいいよ。ありがとう。」とありがとうと言われることが嬉しく、自らすすんでしていました。そのこともあり、だれかの役に立つことをしたいと強く思ったのです。

 

すべてを解消することが出来た上に、気持ちの持ち方や改めて身体の大切さを学ぶことが出来、本当に自分のしたかったことを見つけることが出来たので今では自分にとってすべてすごく必要な期間だったと思っています。

 

 

そして、今ではRinato鍼灸整骨院に出会い、自分で回復できる身体作りのお手伝いが出来ていることを嬉しく感じています。

 

ただただ、毎日のように整骨院に通い、電気をあて、マッサージを受けるだけでは10代前半の若い体でも症状が良くならない事、溜め込むことで体調を崩し、症状が出ることを身をもって実感し、溜め込んでいることを簡単には吐き出せないということや、少しの積み重なりでも症状に繋がるということが分かる私だからこそ、皆様のはけ口になり、関わった全ての人に少しでも心も体も楽になってもらえるように日々勉強に励み、皆様の助けになれるよう頑張っていきます!

柔道整復師 戸崎 高志

柔道整復師 戸崎 高志

出身
島根県安来市
血液型
O型
資格
柔道整復師
趣味
野球(中学から高校までプレーしていました)

修行時代と挫折

専門学校で3年間勉強したのち、無事に国家資格の柔道整復師を取得しました。

 

資格取得後は整形外科でのリハビリを経験し、毎週行う院内カンファレンスで整形外科の知識を習得していきました。

そして、知識や経験を積み担当できる患者様も増えて、喜んで頂けることも増えていきやりがいと嬉しさを感じたのを覚えています。

 

そんな中、知り合いの紹介で整骨院の院長をしてみないかという誘いを頂きました。

これは自分のスキルアップのために良いチャレンジだと思い、誘いを受け一つの院を任せて頂く事になりました。

 

しかし、ここから苦しい日々が続きました。

整形で経験を積んでいたから何とかなるだろうという小さな自信は、しばらくして慢心だった事に気づきました。

 

なかなか症状が改善しない、その時は良くなっても次に来られた時には元に戻っている。

「なんで…?」

それから今まで以上に必死に勉強しました。

解剖学、運動学、生理学、トレーニング指導...ex

転機

勉強していく中で「症状は結果であって原因ではない」と言う事を教えてもらった時に今までの考えが一変しました。

だから「良くならなかったのか」「元に戻ってしまうのか」すごく納得しました。

それからは「本当の原因は何か」という事を考えながら治療をしていくことで今まで改善できなかった症状も良くなっていきました。

人の身体は本当に奥深いので、これからも日々患者さんの為に学び向上していきます。

そして、当院に来て良かったと思って頂けるように、全力でお手伝いさせて頂きます。